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天理臨(1)

13.10.27 連結開放 京都 天理臨(DD51-1192) 70-300f4-5.6L
2013年10月27日 東海道本線-京都

到着した青い客車から、紅いディーゼル機関車が切り離される。
ここからは反対側に電気機関車を連結して、列車は東北へ。
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コインロッカー

13.10.11 コインロッカー 西宮 40f2.8
2013年10月11日 東海道本線-西宮

コインロッカーといえば、駅やホール等にある
身近な存在ですよね。
塗装しただけの簡素なものから、
雰囲気作りのために風景写真をラッピングしたものまで
いろいろあるように思いますが、
西宮駅売店のコインロッカー
商品のアピールに積極的なようです(笑)

筒石駅

13.10.13 列車接近 筒石駅 70-300f4-5.6L
2013年10月13日 北陸本線-筒石駅(以下同)

列車が来る。
トンネルの中の冷たく暗い駅だけど、
それだけで少し暖かくなる気がする。

13.10.13 筒石駅の夜 筒石駅 17-35f2.8L

13.10.13 テールライト 筒石駅 17-35f2.8L

475系「くずりゅう」

13.10.14 475急行くずりゅう 丸岡~芦原温泉 70-300f4-5.6L
2013年10月14日 北陸本線-丸岡~芦原温泉(以下同)

最後は順光のシチサン編成写真にて〆。
風景写真は私の目指すところですが、
鉄道写真を撮る者、
やはり編成写真をきっちり撮れてこそでしょう。
かくいう私も、まだまだです。
一両目に影がかかってしまったのが最大の失敗。
まだまだ精進が必要です。

13.10.14 DD51工臨 丸岡~芦原温泉 70-300f4-5.6L

一時間前にはオマケが。
久々の工臨でした。

黄昏海岸

13.10.13 黄昏海岸 越中宮崎~市振 70-300f4-5.6L
2013年10月13日 北陸本線-越中宮崎~市振

山が海に迫り、わずかな平地に人々が暮らしている。
北陸本線はその間を縫うように走り、
あるいはトンネルを貫いて北へとのびている。

北国街道「今庄宿」

13.10.13 秋桜ゆれる今庄宿 今庄~湯尾 17-35f2.8L2
2013年10月13日 北陸本線-今庄~湯尾

江戸時代、多くの旅人がここ今庄の宿で旅の疲れを癒したという。
北陸道が開通し、サンダーバードが闊歩する今、
この宿場町を訪れる人はどれほどいるのだろう。

秋桜が咲き、薄く秋の色に染まりつつあるこの街道を、
今日は急行列車が足早に通り過ぎていった。

大津祭

13.10.12 宵宮
2013年10月12日 京阪京津線-上栄町~浜大津

大津祭宵宮
日常がゆく、非日常の世界。

紅一点

13.09.23 紅一点 蓬莱~志賀 70-300f4-5.6L
2013年9月23日 湖西線-蓬莱~志賀

夏の活気を失った下草たち。
そこに咲き誇る紅い彼岸花は、
まさに紅一点。

あと一列。

13.09.23 あと一列 蓬莱~志賀 17-35f2.8L
2013年9月23日 湖西線-蓬莱~志賀

稲刈り作業が進んでゆく。
稲穂は周囲から四角い渦巻きを描くように刈り取られ、
あっという間に最後の一列。

軽快なリズムが聞こえてきた。電車だ。
都会へ向かう快速列車と、消費地へ向かう稲穂の列。
二つの音は混ざり合い、気持ちの良い秋空の中へとけていった。

彼岸花のいのち

13.09.23 短い彼岸花のいのち 蓬莱~志賀 17-35f2.8L
2013年9月23日 湖西線-蓬莱~志賀

彼岸花は、を告げる花だ。
稲穂が黄色く染まる頃にそっとをささやき、
田んぼが寂しくなったと思えば、もうその姿はない。
なんて健気な花なのだろう。
風立ちぬ、いざ生きめやも」。
は、春や夏のコントラストに郷愁を覚える季節であるとともに、
来るべき長く厳しい冬に備える季節。
人生に例えるなら、今まさに風が止もうとしている時なのだ。
そんな吐息のような風をうけ、
空いっぱいに両手を広げて歌う、高らかなの歌。
どこか懐かしいメロディーに春の気配を感じたら、
さぁ溜め息をのみこんで、冬を乗り切ろう。

決意表明

09.09.20 大きくなる頃には



 科学の方則や事実の表現はこれを言い表わす国語や方程式の形のいかんを問わぬ。しかし芸術は事物その物よりはこれを表現する方法にあるとも言わば言われぬ事はあるまい。しかしこれもそう簡単ではない。なるほど科学の方則を日本語で訳しても英語で現わしても、それは問題にならぬが、しかし方則自身が自然現象の一種の言い表わし方であって事実その物ではない。ただ言い表わすべき事がらが比較的簡単であるために、表わし方が多様でないばかりで必ずしもただ一つではない。芸術の表現しようとするは、写してある事物自身ではなくてそれによって表わさるべき「ある物」であろう、ただそのある物を表わすべき手段が一様でない、国語が一定しない。しかししいて言えば、一つの芸術品はある言葉で表わした一つの「事実」の表現であるとも言われぬ事はない。
 しからば植物学者の描いた草木の写生図や、地理学者の描いた風景のスケッチは芸術品と言われうるかというに、それはもちろん違ったものである。なぜとならば事実の表現は必ずしも芸術ではない。絵を描く人の表わそうとする対象が違うからである。科学者の描写は草木山河に関したある事実の一部分であるが、芸術家の描こうとするものはもっと複雑な「ある物」の一面であって草木山河はこれを表わす言葉である。しかしそのある物は作家だけの主観に存するものでなくてある程度までは他人にも普遍的に存する物でなければ、鑑賞の目的物としてのいわゆる芸術は成立せず、従ってこれの批評などという事も無意味なものとなるに相違ない。このある物をしいて言語や文学で表わそうとしても無理な事であろうと思うが、自分はただひそかにこの「ある物」が科学者のいわゆる「事実」と称し「方則」と称するものと相去る事遠からぬものであろうと信じている。

科学者と芸術家(寺田寅彦:著)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/1108_13798.html
より、抜粋


最近、人間が希薄だと感じる。
昔がどうだったかは知らない。
だから、近頃の現象なのか、これからどうなるかもわからない。
ただ、人間が希薄だと感じる。
根拠などない。
そんな感情に根拠で骨組みをつけたところで、
その骨自体が主観の塊であるがゆえに、
現代の客観論を重視する風潮の前ではもろくも崩壊するにちがいない。
だが、このようにも感じる。
人間は、もっと豊かになれる。
科学技術が進展し、人間の生活は便利になった。これは間違いない。
それでいいのか?人間。
便利さではなく豊かさを求めて、日々努力を重ねているのではないのか?
毎日仕事をして、お金を稼いで、そのカネで便利さに投資をする。
生活が一向に豊かにならない。
昔に比べて人間が希薄になったのだとすれば、
この悪循環に疲れた
というのが理由のひとつではないだろうか。
今こそ、便利さに投資する時代から、
豊かさにお金をかける時代なのではないか。

人間における豊かさとは何か。
それは、ひとえに想像力の深さに尽きる。
本を読んで、登場人物の感情を推察する。
音楽を聴いて、作曲者や演奏者が作り出した世界に浸る。
絵画を見て、画家の生み出した拡張されし現実を受け止める。
そして、写真を見て、写真家が感じた風を体感する。
これらはすべて、芸術家の爆発するようなメッセージを受容しようとする動きだ。
芸術家は、言語という情報量の少ない媒体では表現しきれない魂の叫びを、
自分の感性がもっとも鋭く発揮される表現方法で世の中に提示する。
世界よ、変われ。人間よ、こうであれ。と。
人間は、自分の器では計り知れない量のメッセージを受容することで深く感動し、豊かになる。
器が小さい人間は受容する前にそれを溢れさせてしまうので、その趣旨がわからない。
豊かになるには、深い想像力という名の器が必要なのだ。
器を深くするには、たとえ受容できなくとも、メッセージを受け止めようとする行動が重要だ。
本を読む。
音楽を聴く。
絵画や写真を鑑賞する。
人間が豊かになるためには、芸術作品に触れることが、絶対条件である。
芸術作品に触れて、豊かな人生を送ろう。

さて。
芸術作品としての鉄道写真の立ち位置はどうだろうか。
鉄道写真にも様々な種類があるが、鉄道に関係するものが写った写真のことを、
広義では鉄道写真と呼ぶのだろう。
鉄道は、鉄の線路と鉄の車輪のうえに車体を載せた乗り物。
毎日、数え切れないほど多くの列車が目的地へと走っていく。
同じ線路の上を。
乗客の数だけ思いをのせて。
さらに、鉄道は日本の風土にこれ以上ないほど溶け込んでいる。
日本の四季を、想像してもしきれないほど数多くの思いが駆け抜けてゆくのだ。
これほど情報量の多い芸術が他にあるだろうか。
だが、社会の眼は厳しい。
鉄道ファンの美しくない行動がマスコミに大きく取り上げられるようになり、
社会の視線は冷ややかになった。
鉄道好きの間では価値のある写真でも、輪の外に少しでも出れば、こうなる。
また電車か。と。
もはや、鉄道写真は内輪の芸術と化してしまったのだ。
本当にそれでいいのか?
情報量の多い芸術は、人の心を感動させ、人間を豊かにするはずだ。
ましてや、人の思いが入り混じる鉄道の写真。
その写真から人の思いを想像することは、確実に人間の器を広げるし、
それ以前に、現代の冷え込んだ社会に必要なことではないのか。
鉄道写真を広く社会に認知させることができれば、
確実に社会は豊かになる。
だから私は鉄道を撮る。
そして、撮り続ける。
一生。


2013年10月5日 大橋史明(湖西人Σ)

以上は、2013年10月現在高校3年生の湖西人Σが主観に基づいて著したものです。

彼岸花

13.09.23 彼岸花C 蓬莱~志賀 17-35f2.8L
2013年9月29日 湖西線-蓬莱~志賀

すがすがしい朝の空気に燃える、彼岸花の赤。

朝陽ふりそそぐ改札口

13.09.21 朝陽ふりそそぐ改札口 京都 70-300f4-5.6L
2013年9月21日 東海道本線-京都

わたしの旅は、いつも改札口からはじまる。
今日もここから、まだ見ぬ新しい世界へ。

最期の日常

13.09.21 最期の日常 吹田(信)~鴫野 40f2.8
2013年9月21日 城東貨物線-吹田貨物ターミナル~鴫野

今月末をもって閉鎖される、赤川仮橋
大阪市が借り受け、長らく市民の足として活躍してきたその橋にも、
ついに最期の日常がやってきた。
体をボロボロにしながらもなお、市民の生活を支える橋の材たち。
あともうすこし。最後まで、がんばってほしいと願う。

秋の薫り

13.09.21 秋の薫り 箸尾~但馬 40f2.8
2013年9月21日 近鉄田原本線-箸尾~但馬

葺の屋根が密集している場所を発見。
屋根の向きや高さが様々で面白く、庭もあって風情よし。

カメラをどの高さに据えるか。
左上の電柱を入れるか、その後ろの建物と一緒にばっさり切るか。
電車をどの位置において、どのくらいブラすか。

自分なりに、組み合わせて撮った一枚。
プロフィール

湖西人Σ

Author:湖西人Σ
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